里山ってなに?イラストでわかる生物多様性

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里山って何ですか?

里山。
何となくはイメージできるけれど、説明するのはむずかしいですよね。

世界にも認められる「SATOYAMA」という環境は、日本人が昔から作り上げてきた貴重な環境です。農耕がはじまってから今まで、人は自然の一部として、この里山を維持してきました。そして、そこにはたくさんの生きものが暮らしています。

今回はそんな里山の定義と役割をわかりやすく解説していきます。これを読んで、ぜひ身近な里山に興味をもって、大切にしてもらえたらと思います。

里山の定義(狭義と広義)

里山には狭義と広義の定義があります。
基本的には広義の意味で使われることが多いですが、両方解説しておきます。

  • 狭義:薪・炭・たい肥などを得るための雑木林
  • 広義:農村の環境全体

狭義の里山

狭い意味での里山は、「薪・炭・たい肥などを得るための雑木林」です。人の手が加わった山なので、二次林とも呼ばれます。

桃太郎のお話で、おじいさんが柴刈り行った山がこれですね。
(ちなみに、柴というのは低木やその枝などを指します。焚き木にするために集めます。)

クヌギやコナラ、アカマツなどといった木が主に生えています。昔の人たちは、ここでとった木を薪として使ったり、炭にしたりしていました。木の下にたまった落ち葉も、集めて畑の肥料にしていました。マツタケが取れるのもここです。

広義の里山

広い意味での里山は、「二次林に加え、水田、ため池、採草地、生垣、屋敷林、社寺林など、全部を含めた、農村の環境全体」のことです。(※奥山(水源林)は里山と呼ばない。)

言葉ではイメージできないと思うので、このイラストを見てください。

日本の里山

まさにここに見えている景観そのものが里山なのです。

様々な環境がモザイク状に存在し、様々な生きもののすみかとなっています。この、色んな環境があるというところが、多様性です。環境の多様性が、生物の多様性にもつながっているのです。

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日本の里山と人々の暮らし

かごいっぱいの山菜
里山は日本人が昔から維持してきた環境なのですが、いったいいつからあるのでしょうか?

里山が発達したのは、縄文時代の後期、我々の祖先が稲作を始めた頃からです。

人々は田畑を作り、そこで食べ物を育てます。耕作をくりかえすと土の栄養分がなくなるので、近くの山から落ち葉などを拾い集めて、肥やしにしました。また、山からは落ち葉だけでなく、燃料に使う木も伐ってきます。竹やヒノキは、生活道具を作るのに活用されました。採草地では、農耕用の牛のエサにする牧草や、畑の敷き草を刈り取ります。

このように、我々の祖先はうまく自然の恵みを利用し、生活してきました。まさに人々の暮らしは里山とともにあったのです。

一方で、人が利用することによって里山の環境は維持され、様々な生きものの生息地を守ってきたのです。

里山を構成する環境

日本の里山

それでは、里山を構成する環境について一つ一つ見ていきましょう。イラストにある環境を順に紹介していきますので、このイラストをよく見ておいてください。

ため池・水田

里山の生態系でキーになるのが「水田」です。

人々はここで主食となる、イネを育ててきました。また水田は、生きものにとっても、すみかや繁殖場所、エサ場などの役割を果たしてきました。

また、田んぼの中に生息するドジョウ、コイ、フナ、タニシなどは、農村に暮らす人々のタンパク源になっていました。

【棚田】
傾斜地の多い山間部では、棚田が造られてきました。棚田は雨水を一時的に貯留するため、洪水を調節する機能があります。

見た目にも美しい棚田ですが、不定形で斜面にあるため作業がしづらく、放棄されるものが増えてきています。平地の水田でも耕作放棄地となってしまう場所は多いですが、管理のしづらい棚田はよりその傾向があるといえるでしょう。

あぜ道

田んぼと田んぼの間にあるのが「あぜ道」です。
ただの通路に思えますが、あぜ道も生きものにとっては大切な場所です。

生きものの中には、一生のうち、水の中で生活する期間、陸上で生活する期間、ふたつを持つものがいます。そういった生きものたちは、水と陸の境目である、畦を利用します。

たとえば、ゲンゴロウやホタルは、畦の土の中で蛹になります。蛹になるまでは水が必要ですが、蛹になると空気呼吸をするようになり、水中では生活できなくなるからです。

また、カエル類の多くは、オタマジャクシの時は水田で暮らし、カエルになりたての時は、湿った環境である畦で暮らします。

このように、あぜ道は一時的に水中で暮らす生きものにとって大事な役割を担っています。

また、あぜ道の草は、家畜のエサとしても利用されていました。

採草地

「採草地」は草をとるための場所です。
現代の生活では、なぜ草をとるのか想像しにくいですが、昔の農村ではなくてはならないものでした。

昔は田畑を耕したり、物を運ぶために、牛や馬を飼っていました。ひとつめの役割は、その牛馬のエサとしての役割です。

次に、畑や果樹園に敷くマルチ(※)としての役割です。現代では、ビニール製のマルチを利用することがい多いですが、昔はそのようなものがなかったので、草を利用していました。

※地温上昇促進・抑制、雑草防除、ドロの跳ね上がり防止など、作物栽培に対し好適な土壌環境を作るためにプラスチックフィルムなどの資材で土壌表面を覆うこと、あるいは覆う資材のこと。(農業用マルチの利用目的と種類別の効果

また、かやぶき屋根の材料としても利用されてきました。

この採草地は、なければ農業や生活ができないほど大切なものでした。

また、このような草地を生息場所とする生きものも多くいます。しかし、近年はこのような環境が減少しているため、これらの生きものたちの生息環境は危機的状況になっています。

【採草地に暮らす生きもの】
オオウラギンヒョウモン、クツワムシ、フジバカマ、キキョウ、ハルリンドウ、カヤネズミ

生垣・屋敷林

民家の周りには、防風や防火のために木が植えられています。実のなる木には、鳥や昆虫があつまり、エサ場、すみかになっています。

竹林

竹はもともと中国からの帰化植物であったと考えられています。しかし、平安時代の竹取物語にも登場するように、古くから日本人の生活の中にあったものです。

食用にタケノコをとったり、土壁を作るための建材、カゴなどの生活用品を作るための材料として使われてきました。

しかし現在では、このような需要が減り、全国で放棄竹林が広がり問題となっています。竹は地下茎を伸ばし、生息域を広げますが、その拡大スピードがとても早いため、管理が行き届かなければすぐに密集してしまいます。

竹が繁茂すると、その林床に光が届かなくなり、草が生えなくなります。このように、竹だけが繁茂した環境は、生物の多様性が非常に低い環境になってしまいます。

薪炭林(二次林)

薪、炭、肥料を得ていたのが「薪炭林(二次林)」です。クヌギ、コナラ、アカマツなどが主な構成種となっています。

薪や炭は自分たちで使う燃料にするばかりでなく、都市へ向けて近郊では販売もしていました。しかし戦後、石油や天然ガスの利用が広がるにつれ、薪炭の需要も減っていきました。1970年代までには、それまでの生産量の1/10になったそうです。それに合わせて離農や過疎化も急激に進みました。

【アカマツとマツタケの相利共生】
マツタケはアカマツと共生の関係にあります。

共生とは、違う種の生物が共に関係しながら生きることをいい、とくにお互いにメリットのある関係での共生を「相利共生」といいます。

マツタケは土壌中の養分を送り、アカマツは光合成して作った有機物をマツタケに送ります。菌根菌と共生すると、植物は生長が旺盛になります。アカマツもマツタケが生えるような環境の方がそうでない方と比べ、寿命が長いそうですよ。

また、マツタケは菌根菌という菌の仲間です。菌根菌は生きている木にしか生えないのが特徴。そのため、栽培することが困難で、貴重なキノコなのです。

鎮守(ちんじゅ)の森

鎮守の森というのは、社寺林のことです。
神社やお寺の木は、ご神木として大事にされ、あまり人の手が入っていない環境と言えます。そのため、その地域の本来の植生に近いのです。

鎮守の森には大木が多く、ムササビなどの動物が生息しています。

人間にとっても神社は、祭りがおこなわれる大切な場所で、農村に暮らす人々の結束力高めてきました。

奥山(水源林)

里から遠く離れ、人々の手が入らない山を奥山と呼びます。

【奥山に暮らす生きもの】
ツキノワグマ、カモシカ、クマタカ、オオサンショウウオ、ムカシトンボ

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色んな環境があるから色んな生きものがいる

アマガエル

里山にはさまざまな環境と役割があることがお分かりいただけたと思います。

里山にはいろんな環境が存在します。そして、そのいろんな環境に、いろんな生きものが生息しています。これが里山の生物多様性です。

里山を守るということは、多様な生きものを守ることにつながるのですね。

里山にはいろんな生きものがいる

わたしたちの祖先が大昔から作り上げてきた里山は、絶えず人の手が入り、維持されてきました。

里山の環境には、非常にたくさんの生きものが関わり、暮らしています。人の手を入れ、里山を維持していくことは、生物多様性の保全につながります。

人がいるから成り立つ自然→里山

今失われつつある里山

棚田のある風景

このように、多様な生物が生息する里山は全国各地にありました。しかし今、ライフスタイルの変容や、農村の過疎高齢化により、里山は衰退していっています。

もちろん、すべての人が昔の農村の暮らしに戻ることは不可能です。しかし、日本の生物多様性において里山が担ってきた役割を正しく評価し、次世代につなげていくことは大切なことです。

いま、わたしたちが里山のためにできることは何でしょうか?

時代にあった里山の保全方法を見つけていきたいですね。

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参考文献

石井実(2015)「人と自然のかかわり~里山と昆虫~」自然観察インストラクター養成講座資料.

石井実(2015)「生命の連鎖~生物多様性 第5回 里山は生物多様性のホットスポット」,『地球温暖化』2015年1月20日号,p.6~7,日報ビジネス.

宇根豊(2001)『「百姓仕事」が自然をつくる―2400年めの赤とんぼ』築地書館.

田淵武夫(2014)「里山保全と生物多様性」自然観察インストラクター養成講座資料.

守山弘(1997)『水田を守るとはどういうことか―生物相の視点から』農山村文化協会.

N.O.B(ナチュラリスト講座OB)編『ナチュラリストテキストブック』大阪自然環境保全協会.

エネルギー革命(ウィキペディア)2018年9月12日 閲覧.

共に生きてこそ(やわらかサイエンス|地層科学研究所)2018年9月12日 閲覧.